2012年07月22日

妖精の夏 4

まず、一人完成。

やっぱしラクチンなスカルピーの方。

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これに羽根がつくんすが、羽根はつけたくない場合も
ありそうなんで、自分で穴あけて刺せばいいように
彫刻の段階ではナシで成立するようにしてます。

設定以外の点で、なんでこんなのを人形に、と
お思いの方もおりましょうが、デッケー世話だコノヤロウ
ではなくて、やっぱしまず俺自身が欲しいからです。

梁に腰掛け、優しく見下ろしている先達、というのを
立体で欲しかったわけです。


さて、
こっからまあどうでもいい話。
面白話ではないので、小理屈を読みたい方だけどうぞ。


人形を置きたいと思う場合、キャラクターに思いを馳せて
置く場合がほとんどじゃないすか。
俺もライダーやロボ並べたりしてますし、それはわかる。好き。

じゃあ絵画とか置く場合、と考えると人形より、それを通じて
感じられる世界に思いを馳せてる場合が多いと思うわけです。

かっちり出来たキャラクターの模型が「映像」なら
絵画とかは「小説」や「詩」くらいに自由な想像の余地がある。

精密なキャラクター造型じゃなく、もっとそんな感じのを
作れねーかなと思ってた時、アタマのおかしい映画を見たわけです。


宇宙人が攻めてきて、最新戦艦が使い物にならなくなった時
リタイアした古い軍艦のいろんなとこに爺さん達が座ってる。
っつーシーン。
泣けましてね。これは普遍のイメージだなと思ったわけです。


何かやろうとした時、素晴らしいものを感じた時、
俺はその建築物や創作物を作った人に思いを馳せる場合が多いす。

出来上がった時、ここに立って感無量だったんかな、とか
初めてこの高さから見た風景はどんなキモチにさせてくれたんかな、とか。

時代が変わって俺がそういったものに触れた時、いろんな先達が
「どうだ?」「お前にわかるか?」と言ってくるような気がする。
そこかしこからそんな声が聞こえる気がする。
出来る限り理解したいし、思いを汲んで同じような感覚になりたいと思う。
で、わかった上で越えたいと思う。で、先達はたぶん越えてくれる事を
願ってるとも思うわけです。

そんな先達の感じが造型で出せないかなと思ってたわけです。

これを梁に置いておくだけで、いろんな錨にならないかな、と。
風景画のように、いろんな事を考えるキッカケになる人形って
出来ねーもんかな、と。

で、考えた結果、モデルは尊敬する映画監督にしました。

薄ボンヤリと逆光の中、浮かんだ気がするような、造型。
どうだ、足掻いてるか?それがお前の限界か?と問いかけてくるような
笑顔の中に厳しさを秘めてるような感じっつーんすかね。


たぶん冬は特侠のバカ装備とバカ筋肉をやると思うんで、その前に
こういうアプローチをどうしてもやってみたかったわけです。
で、やってよかったなと思ってます。

発想と姿勢の段階で、そのへんのどっかのモノマネ造型と
ウンドロの差があるあたり、カッコいいなサンダーロードめ、と
俺が思えるんだから、めでてーす。

というわけで、またしても売れる売れないと無関係な
方向ですが、胸を張って言っちゃう。

どうよ。

などと完成直後の興奮に酔ってる場合ではなく、いよいよ
NSP造型に戻るわけです。
ちなみに完成直後の興奮の後は、猛烈な自己嫌悪が襲ってきますが
たぶんそれはWF前日くらいの予定。

つーわけでまだつづく。
posted by ブリスターパックファッカーズ at 04:36| 製作日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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